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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)1121号 判決

控訴人 柴元治

控訴人 鴨作美代子

右控訴人両名訴訟代理人弁護士 原奇知郎

同 砂子政雄

被控訴人 青柳友

右訴訟代理人弁護士 吉村伊勢登

同 増田弘麿

主文

一、本件控訴は、いずれもこれを棄却する。

二、控訴費用は控訴人らの負担とする。

三、控訴人らに対する関係において原判決主文第一項および第二項を次のとおり変更する。

被控訴人と控訴人らとの間において別紙第一目録(ロ)記載の土地および同第二目録(ロ)記載の建物が被控訴人の所有であることを確認する。

控訴人鴨作美代子は被控訴人に対し、別紙第一目録(ロ)記載の土地につき分筆の登記を、同第二目録(イ)記載の建物のうち各附属建物につき夫々分割の登記をした上、右土地および同第二目録(ロ)記載の建物につき千葉地方法務局銚子出張所昭和三九年六月二三日受付第二九四七号をもってした所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めるとともに当審において請求を変更し、この判決の主文第三項と同趣旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は次に付加するほかは原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

(被控訴人)

(一)被控訴人は昭和三七年一月二五日訴外青柳賢一(以下賢一と略称する。)から別紙第一目録(ロ)記載の土地(以下「本件土地」という)および同第二目録(ロ)記載の建物(以下「本件建物」という)を買受け、その所有権を取得するとともにその引渡を受け、以来同所で肉屋を営んでいる。被控訴人が本件土地および本件建物を買受けた当時、本件土地を含む別紙第一目録(イ)記載の土地および本件建物を含む同第二目録(イ)記載の建物(以下右土地および建物を一括して本件不動産という。)はいずれも不動産登記簿上賢一の被相続人訴外青柳文次郎の所有名義のままであったので、賢一はまず相続による所有権取得の登記を経たうえ、本件土地については分筆の登記を、まだ本件建物については分割の登記をした上で被控訴人のために夫々所有権移転登記をする約定であった。

(二)然るところ、被控訴人は、昭和三九年四月初旬頃、賢一と控訴人柴元治(宅地建物取引業者)との間で本件不動産の売買に関する相談がなされている旨の風評を耳にしたので、控訴人柴に対し本件土地および本件建物は既に被控訴人が賢一から買受けている旨を伝えたところ、柴は被控訴人が本件土地および本件建物を買受けた事実は賢一から聞いており、この売買について作成された売買契約公正証書も見ている、柴が賢一から買受ける土地、建物は被控訴人買受部分を除いた部分である、と述べた上、柴は被控訴人に対し、現在賢一から相続登記手続一切を委任されているから、右手続の準備完了後被控訴人とともに各買受部分の所有権移転登記をする旨を約した。

(三)然るに柴は昭和三九年六月一六日本件不動産につき賢一の相続による所有権移転登記(千葉地方法務局銚子出張所右同日受付第二、八五二号)を了した後、前記被控訴人との約束に反し同月二三日本件不動産全部につき自己の妾である控訴人鴨作美代子名義をもって売買による所有権移転登記手続(千葉地方法務局銚子出張所右同日受付第二、九四七号)をした。そこで被控訴人は同月二九日右事実を知り、柴を詰問したところ、同人は右鴨作名義の所有権移転登記は賢一が右物件を第三者に売却することを防ぐためにしたものであるから、必ず被控訴人に対して本件土地および本件建物の所有権移転登記手続を履行する旨を述べた。

(四)以上述べたとおり、控訴人柴は被控訴人が賢一から本件土地および本件建物を買受けてその所有権を取得していることを知悉し、かつ被控訴人のため右物件につき所有権移転登記手続をすることに協力することを約していたにもかかわらず本件不動産全部につき控訴人鴨作名義をもって所有権移転登記手続を了したのに乗じて、前言を飜し、本件土地及び本件建物に対する被控訴人の所有権を争っているものである。また、控訴人鴨作は本件不動産の所有権を取得した事実はなく、同控訴人名義の所有権移転登記は、控訴人両名が通謀してした仮装のものであるから、控訴人らは被控訴人の本件土地および本件建物の所有権取得につき、その登記の欠缺を主張しうる第三者とはいいえぬものである。

(五)原判決添付の物件目録は正確を欠くので、これを別紙物件目録のとおり訂正する。

(六)控訴人ら主張の贈与の事実は否認する。と述べた。〈証拠省略〉。

(控訴人ら)

控訴人らは、被控訴人の当審における主張のうち前記(一)および(二)の事実は否認、前記(三)の事実のうち被控訴人主張のとおりの各登記がなされていることは認めるがその余は否認、前記(四)の事実は否認する、被控訴人の申立にかかる請求の変更および原判決添付物件目録の訂正については、いずれも異議はない、と述べ、当審におけるあらたな主張として、控訴人鴨作は昭和四四年四月初旬控訴人柴から本件不動産の贈与を受けたものであると述べた。〈証拠省略〉。

理由

一、控訴人らは、被控訴人は本件訴訟において当初、原審被告青柳賢一と控訴人柴間の本件不動産の売買契約のうち、本件土地および本件建物に関する部分を取消す、控訴人鴨作は右部分に関する所有権移転登記の抹消登記手続をせよ、原審被告青柳賢一は被控訴人に対し右部分の所有権移転登記手続をせよ、との趣旨の判決を求め、請求原因として原審被告青柳賢一と控訴人柴との間の売買契約のうち本件土地および本件建物に関する部分が被控訴人に対する詐害行為であると主張していたところ、その後右主張を改め、本件土地および本件建物に対する被控訴人の所有権を請求原因として所有権の確認および所有権移転登記の抹消を求める旨の申立をなし、訴を変更したが、右訴の変更については異議がある旨主張する。然しながら、右訴の変更は、詐害行為を原因とする主張を撤回し、新たに所有権に基く請求にこれを変更したものであるが、いずれも本件土地および本件建物に関する被控訴人と賢一との間の売買契約により被控訴人が所有権を取得したとの事実を基礎とするものであって、両請求の目的は実質上異るところはないのであるから、もとより請求の基礎に変更はなく、右請求の変更も原審第二回ないし第四回口頭弁論期日に亘ってなされており、何ら訴訟手続を遅滞させるものではないから(原審は第一九回口頭弁論期日において弁論終結となっていることは本件記録上明かである。)、右控訴人らの異議は理由がない。

二、(一)を総合すると、本件不動産は賢一が先代青柳文治郎から相続によってその所有権を取得したものであるが、いまだ右相続による所有権移転登記手続が未了であった昭和三六年一二月頃、被控訴人から賢一に対し本件不動産の一部につき賃借の申出がなされたが、その後被控訴人は賢一の希望により右部分を買受けることとなり、昭和三七年一月二五日右両名の間において、本件不動産のうち別紙第一目録(ロ)記載の本件土地および同第二目録(ロ)記載の本件建物につき、代金を金二五万円とし、契約と同時に被控訴人は金二〇万円を手付金として支払い、残金五万円は同年八月三一日限り支払う、賢一は代金完済と同時に右売買物件を被控訴人に引渡し、かつその所有権移転登記手続をする、但し本件不動産は現在賢一の先代青柳文治郎名義となっているため、賢一は先ず自己名義に登記をした後ただちに被控訴人あて所有権移転登記手続をするとの趣旨の売買契約が成立し、被控訴人は右約旨に従い代金金額を支払って本件土地および本件建物の引渡を受けた上、右建物の一部を改造し爾来右建物を使用して肉屋営業を継続していること、然るに賢一は、その後昭和三九年四月頃金銭に窮していたため、控訴人柴に対し、本件土地および本件建物を含む本件不動産一切を代金合計金五〇〇万円とし、契約成立と同時に代金内金一〇万円を支払い、残代金は同年六月三〇日迄に支払う、賢一は右代金の支払を受けるのと引換えに本件不動産を引渡し、かつ控訴人柴或いはその指定する者に対し所有権移転登記手続をするとの約定で売渡すとともに、控訴人柴に対し本件不動産につき先代青柳文治郎から賢一あての相続による所有権移転登記手続をなすことを委任し、右手続に必要な白紙委任状その他の書類を交付したこと、控訴人柴は右売買契約締結に先だち、訴外榊原幸三郎から本件不動産のうち本件土地および本件建物は既に被控訴人が賢一から買受けているのであるから、この部分を買取ることは不当である旨を述べられたにもかかわらずこれに従わず、かえって被控訴人は単に公正証書によって買受けているに止まるから同人が賢一に支払った代金の二、三倍位を支払えば問題は解決すると述べていたこと、また右賢一と控訴人柴との間で本件不動産に関する売買の交渉がなされているとの事実を関知した被控訴人が、訴外加瀬進一、同榊原幸三郎等とともに控訴人柴方を再三に亘って訪問し、同人に対し既に被控訴人は賢一から本件土地および本件建物を買受けている旨を告げ、賢一名義の相続登記が未了のため被控訴人名義の所有権移転登記手続ができないので、これができるように取計ってもらいたい旨を申し出たところ、控訴人柴は賢一のための相続登記が完了したら、あらためて被控訴人に通知する旨を答えてあたかも被控訴人に対する所有権移転登記手続に協力するかのような態度を示し、控訴人柴が本件不動産全部の買受人であることを理由に被控訴人の所有権取得を争う趣旨の発言など全くしなかったこと、その後同年六月頃賢一と控訴人柴は本件不動産の売買につきあらためて協議し、控訴人柴に対する本件不動産の明渡期限を同年一〇月三〇日に延期すること、売買代金を金四五〇万円に減額し、既に控訴人から賢一あてに交付されていた金五〇万円を右代金内金に充当し、残代金は同年一〇月三〇日迄に支払うこと、賢一は右代金完済と引換えに本件不動産を引渡し、かつ控訴人柴或いはその指定する者に所有権移転登記手続をすることとしたこと、控訴人柴は前記のとおり賢一から相続による所有権移転登記手続をすることを委任されていたところから同年六月一六日本件不動産につき賢一名義の相続による所有権移転登記手続(千葉地方法務局銚子出張所昭和三九年六月一六日受付第二、八五二号)をしたが、その旨を被控訴人には通知せず、さらに賢一に無断で同月二三日本件不動産につき自己の妾である控訴人鴨作名義の同月二二日付売買を原因とする所有権移転登記手続(千葉地方法務局銚子出張所昭和三九年六月二三日受付第二、九四七号)をしたこと、この事実を知った被控訴人は訴外加瀬進一、同榊原幸三郎等とともに控訴人柴を訪ね、その約束違反を追究したところ、同人は右のとおり控訴人鴨作名義の登記をしたのは賢一が第三者に本件不動産を二重譲渡することを防ぎ本件不動産を確保するための処置にすぎないと述べたこと、然るにその後同年一〇月二〇日頃に至り控訴人柴は被控訴人が本件土地および本件建物の所有権を取得したことを否定し、被控訴人に対する所有権移転登記手続に協力することを拒む態度をとるようになったこと、控訴人柴が本件不動産につき控訴人鴨作名義に所有権移転登記手続をしたのは、当時控訴人柴は不動産取引業を営んでおり、同人と控訴人鴨作とは事実上夫婦として同棲生活をしていたため、単に控訴人鴨作名義を利用したものであり、同控訴人名義の登記は何ら実体関係を備えたものではなく、また、控訴人鴨作も右自己名義の登記が単に登記簿上だけの名目に止まるものであることを是認していたこと、およそ以上の事実を認めることができる。原審における第一審被告青柳賢一本人尋問の結果、原審および当審における控訴人柴元治(当審分は第一、二回とも)本人尋問の結果並びに当審における控訴人鴨作美代子本人尋問の結果のうち以上の認定に反する部分は、前掲の各証拠と対比し、いずれもにわかに措信することができず、他に右認定を覆えすに足りる的確な証拠はない。

(二)以上認定した事実によれば、控訴人柴は既に被控訴人が本件土地および本件建物を賢一から買受けその所有権を取得していることを知悉しているにもかかわらず、その後において右物件を含む本件不動産を賢一から買受けたのみならず、被控訴人に対しては本件土地および本件建物につき被控訴人のための所有権取得登記手続に協力するかのような態度を示しながら、賢一から本件不動産全部についての同人のための相続登記の手続方を依頼されていたことを奇貨として、賢一および被控訴人に何らの連絡をすることなく、控訴人鴨作の名義を使用して本件不動産全部についての所有権取得登記を経由するに至ったものであって、控訴人柴の右一連の行為は、被控訴人に対し著るしく信義に欠けるものというべく、従って不動産登記法第四条および第五条の決意に鑑み、控訴人柴は被控訴人が本件土地および本件建物につき登記を欠くことを理由に同人の右物件に対する所有権取得を争うことはできないものと解するのが相当である。

(三)次に控訴人鴨作は本件不動産につき同人名義の所有権移転登記がなされた後である昭和四四年四月初旬控訴人柴から本件不動産の贈与を受けたものであるから、被控訴人は登記なくして本件土地および本件建物の所有権を控訴人鴨作に対抗することができない旨主張し、当審における控訴人柴元治本人尋問の結果(第一回)および控訴人鴨作美代子本人尋問の結果のうちには右主張に沿う部分があるが、これらの供述はいずれも弁論の全趣旨に照らしてたやすく措信することができず、他に右贈与の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。しかのみならず、控訴人らは当審における昭和四五年二月一四日午前一〇時の第四回口頭弁論期日においてはじめて右贈与の事実を主張するに至った経過にかんがみるときは、右の贈与は、被控訴人の請求を排斥するために控訴人らが互に通謀してした仮装行為であるとも推測することができないわけではなく、また、百歩を譲って仮に控訴人ら主張のとおりの贈与の事実があったとしても、右贈与が原判決言渡の日の前後の頃に相当する昭和四四年四月初旬になされたとの控訴人らの主張にかんがみるときは、控訴人鴨作も、本件不動産につき同人名義の所有権取得登記がなされるに至った前認定の経過を熟知の上本件不動産の贈与を受けたものと解されるのであって、同控訴人もまた控訴人柴と同様に背信的悪意者と呼ぶに妨げなく、控訴人鴨作の主張は、以上何れの見地からしても採用するに由ないものといわなければならない。

(四)以上(一)ないし(三)において認定した事実によれば、本件不動産について控訴人鴨作名義をもってなされた所有権移転登記は何ら権利関係の実体を伴わない虚偽の登記であるか、または右登記がなされているにかかわらず控訴人鴨作は本件土地および本件建物に関する限り被控訴人の登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者には該当しないものというべきである。

三、してみれば被控訴人は控訴人らに対し登記なくして本件土地および本件建物に対する所有権取得を主張しうるところ、控訴人らが被控訴人の右所有権を争っていることは明らかであるから、右両名に対し本件土地および本件建物に対する被控訴人の所有権の確認を求め、また控訴人鴨作に対し右土地および建物につき同人名義をもってなされた所有権移転登記の抹消登記手続を求める被控訴人の本訴請求はいずれも相当であって、本件控訴はその理由がない。なお、原判決における係争物件の表示は正確を欠くので、原判決添付目録をこの判決添付第一目録および第二目録のとおり訂正し、この訂正に伴って原判決主文第一項および第二項をこの判決の主文第三項記載の趣旨に変更を求める被控訴人の請求変更の申立ももとより正当であってこれを許容すべきである。

よって民事訴訟法第三八四条第一項の規定により本件控訴を棄却するとともに被控訴人の請求変更の申立により原判決主文第一項および第二項を変更すべく、訴訟費用の負担につき同法第八九条および第九三条第一項の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 石田実 安達昌彦)

〈以下省略〉

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